慶長13年(1608)尾張藩の奨励で、知多の英比庄から庄九郎始め8名がこの地に新しく村を開拓し、農家の副業として吸収の豊後絞から、絞りの技法(九九利染)を考案した(有松絞の由来)。この功績をたたえ、昭和8年に有松絞商工同業組合が「有松絞開祖竹田庄九郎之碑」を建立。隣には、絞中興の祖鈴木金蔵翁の紀功之碑を移設した。
祭神、応神天皇。中根村の鎮守として古くから住民に親しまれている。本田遊無が開祖といわれる「見当流棒の手」が秋祭りの神事として行われており、名古屋市の無形民俗文化財となっている。境内には、「見当流棒の手」の碑や神馬像が建っている。
智興寺前に福田兼助の碑が建っています。名古屋西地区近代教育の祖といわれた兼助は、農家の出であったが学問を好み、徳川時代末期に村の子弟の教育に尽くし、明治になり学制が敷かれたときは推されて村校の教師になった人。この碑は門人・知友達が敬愛の念を表すため、明治34年に建てたものです。 名古屋市HPより